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最高裁判所第一小法廷 昭和49年(し)118号 決定 1976年10月12日

申立人

谷口繁義

弁護人

小早川輝雄

外四名

申立人谷口繁義に係る再審請求事件について、昭和四九年一二月五日高松高等裁判所がした抗告棄却決定に対し申立人本人及び弁護人小早川輝雄ほか四名から特別抗告の申立があつたので、当裁判所は次のとおり決定する。

主文

原決定及び原原決定を取り消す。

本件を高松地方裁判所に差し戻す。

理由

申立人本人の抗告の趣意は、事実誤認の主張であり、弁護人小早川輝雄、同佐藤進、同佐野孝次、同赤松和彦の抗告の趣意は、違憲(憲法三二条、三一条違反)をいうが、その実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張を出ないものであり、弁護人矢野伊吉の抗告の趣意は、違憲(憲法三七条違反)をいうが、その実質は、事実誤認、単なる法令違反の主張に帰し、以上はすべて刑訴法四三三条の抗告適法の理由にあたらない。

しかしながら、所論にかんがみ職権をもつて調査すると、後に詳述する理由によつて、原決定及び原原決定は、同法四一一条一号により取消しを免れない。

第一本件再審請求の経過

一本件再審請求の対象である確定判決が認定した罪となるべき事実の要旨は、「被告人(犯行当時一九才)は、借金の支払と小遣銭に窮し、財田村の一人暮しのブローカー香川重雄が日頃多額の現金をもつていると考え、これを場合によつては強奪しようと企て、昭和二五年二月二八日午前二時過ぎころ、国防色ズボン(証二〇号)等を身につけ、刺身包丁を携え同人方に到り、同家炊事場入口の錠である俗にゴツトリといわれるものを刀物様のもので突いてあけて侵入、就寝中の同人の枕許あたりを物色したが、胴巻きが見当らなかつたため、いつそ同人を殺害して金員を奪おうととつさに決意し、同人の頭、腰、顔を多数回切りつけ突くなどし、同人の腹に巻いてあつた胴巻きの中から現金一万三千円を強奪したあと、なおも止めを刺すべく、心臓部に一回包丁を刺し、包丁を全部抜かずにさらに同じ部位を突き刺して(後記のいわゆる二度突き)、同人を殺害した」というのである。

二本件申立人(以下、単に申立人という。)は、第一審の公判において捜査段階での自白を全面的に翻して犯行を否認したが、第一審判決(昭和二七年二月二〇日言渡し)は、右の事実を認定したうえ、関係法条を適用して申立人を死刑に処した。

右の認定に供された証拠としては、申立人の昭和二五年八月二一日付の検察官に対する第四回供述調書(以下、単に第四回検面調書という。)のほか、被害者の血液型O型と同型の血痕の付着した国防色ズボン(証二〇号)を含め合計二六点の証拠物、鑑定書、検証調書、被害者の妻、捜査官の各証言等が挙示されている。

三第二審判決(昭和三一年六月八日言渡し)は、第一審判決の事実認定を是認し、申立人の控訴を棄却した。その理由の骨子は次のとおりである。すなわち、

(一)  被害者の創傷のうち、とくに頭、胸、口角部、右手指等の切創は、申立人が犯行当時の模様、凶器の用法について第四回検面調書中で供述したことと符合し、申立人のその旨の自白を裏付けていること

(二)  申立人が本件当夜着用していたと自白する国防色ズボン(証二〇号)右脚表部に、O型のしかも飛沫血痕のようにみえる人血痕が付着し、鑑定書によるとこれが被害者の血液型O型と一致すること

(三)  司法警察員作成の検証調書によると、犯人の出入口と思われる炊事場入口の板戸の錠になつているゴツトリを刃物様のもので開けて侵入した瘍跡が認められるが、これが第四回検面調書中の申立人の侵入口についての自白と一致することを

挙げ、以上三点が有力な資料とされるべきであるとしたほか

(四)  第四回検面調書の真実性に疑いはないこと

(五)  凶器の刺身包丁は申立人が犯行後帰宅の途中投げ棄てたという財田川轟橋付近の川の中から発見されていないが、検証の結果によると、包丁は流失埋没の可能性があり、また本件後五か月を経過して捜索がおこなわれたため、これが発見されなくても、そのことの故に凶器を右の財田川に投げ棄てたとの自白に真実性がないとは認められないこと

(六)  申立人が主張する本件当夜のアリバイは成立しないこと

(七)  申立人に対し取調官が違法不当な取調べをしたとは認められないこと

などの四点を挙示している。

四上告審判決(昭和三二年一月二二日言渡し)は、一、二審における申立人の主張を反復した上告趣意に対し、事実誤認、訴訟法違反の主張を出ないものであつて上告適法の理由にあたらない、第二審の控訴趣意に対する説示は正当であると認められる、として上告を棄却し、第一審判決が確定するに至つたものである。

五第一次再審請求

(一)  昭和三二年三月三〇日申立人から再審請求がされた。申立人の主張は刑訴法四三五条一号、二号所定の再審事由があるというのであるが、その主張自体右の再審事由にあたらないものであるところ、その理由の要旨は、

(A) 申立人が当時はいていた靴と犯行現場の遺留足跡痕とが一致しているというのに、その靴が警察官に押収されたにもかかわらず証拠として公判廷に提出されていないのは両者が一致していないことを示しているということ

(B) 当時申立人が着用していたズボンは、国防色の軍人用のものであるが、それを友人に貸したことがあり、そのズボンが証拠物として押収されているとしても、それに付着している血痕はその友人の血かもしれないし、当時警察官をしていた申立人の兄勉が国防色ズボンをはいていたことがあつたが、岩川という人の鉄道自殺を警察官の兄が処理した際、岩川の血がズボンに付着したものと思われるし、また被害者の血液はONg型であるから、国防色ズボン(証二〇号)の付着血痕が0型と判明しているだけでは、右ズボンの血液が被害者の血液であると断定することはできないということ

(C) 犯行現場のリユツサツク、バンド、マフラー等の遺留物件に関する捜査が不十分であり、かつ、ほかに真犯人がいると聞いているし、友人の石井方明らが真犯人かもしれない、また凶器の入手経路を調べてもらいたいということ

(D) 香川重雄が殺害された日の後である昭和二五年四月一日に申立人が犯した農業協同組合での強盗傷人罪の容疑で申立人が警察署へ車で押送される途中、本件の賍金の費消残金八千円を申立人が車の中から捨てたと警察官はいうのであるが、両手錠をかけられ監視つきであつた申立人にそのようなことのできるはずはなく、右は警察官の虚偽の供述であるということ

などである。

(二)  右の再審請求に対して、第一審は、以上の主張は刑訴法四三五条一号、二号、六号所定の再審事由にあたらないとして申立人の請求を棄却した(昭和三三年三月二〇付決定)。

なお、第一審は右の棄却決定と同時に即時抗告申立の期間を延長して七日間とし、棄却決定に対して不服申立をすることができることを教示した書面を別途送付したにもかかわらず、申立人は即時抗告の申立をしなかつた。

六第二次再審請求(本件)

(一)  本件再審請求は、前記第一次再審請求棄却決定がされてから、ほぼ一一年余を経過した昭和四四年四月、それよりさきに申立人が裁判所あて自己の無実の罪であることをうつたえた書信の真意が再審請求の申立であるとして扱われ、第二次再審請求に対する手続が開始されることとなつた。

(二)  その請求の理由としては、前記五の(一)の(A)ないし(D)に掲げられた理由のほか主要なものとして次のような点を挙げている。すなわち、

A(1) 真犯人は石井方明であるということ

(2) 本件は強盗殺人事件ではなく単純な殺人事件であつて申立人の犯行ではないということ

(3) 捜査段階の自白は、取調官の拷問に堪えかねてされた虚偽の自白であつて任意性がないこと

(B)(1) 申立人作成名義の手記五通は捜査官が偽造したものであるということ

(2) 国防色ズボン(証二〇号)は警察に領置されていた間に申立人の弟が普段はいていたズボンとすりかえられたものであるということ

(C) 第四回検面調書は、検察官が勝手に作成した内容虚偽のものであるということ

(D)(1) 刺身包丁が、申立人が棄てたと自白した場所(財田川轟橋付近)から発見されていないのは、自白が虚偽であることの証拠であるということ

(2) いわゆる二度突きについての自白は取調官の誘導によるものであるということ

(3) 犯行当夜の申立人にアリバイがあるということ

(4) 公判に提出されない捜査段階の記録が紛失しているが、これは単に事務上の過誤では片づけられないことなどである。

(三)  原原審の判断(昭和四七年九月三〇日付決定)

原原審は、前記申立人の主張が刑訴法所定の再審事由各号のいずれをいうものであるかにつき釈明を求めることなく、審理の過程で、新たな証拠として前記手記の筆跡鑑定を命じ、鑑定人高村巌作成の鑑定書を取り調べたほか、第一審公判手続で取り調べた幾多の証人を喚問するなど、公判手続の証拠調にも比肩する詳細な事実調べをおこなつた結果、本件再審請求は、刑訴法に定めるいずれの再審事由にもあたらないとしてこれを棄却した。

(A) その理由の骨子は次のとおりである。すなわち、

(1) 石井方明を真犯人と認める証拠はない。

(2) 手記五通は、その筆跡は申立人の筆跡と認めることは困難であるとの高村巌作成の鑑定書によつても、偽造とは認められない。

(3) 国防色ズボン(証二〇号)が捜査官により故意にすりかえられた形跡はなく、同ズボンに付着した血痕は鉄道自殺をした岩川あるいは前記農業協同組合での強盗傷人罪の被害者近藤の血液ではない。

(4) 凶器の刺身包丁が発見されないことから直ちに申立人の自白の真実性を否定することにはならないとした確定判決の判断に異論はない。

(5) 真犯人でなければわからないはずのいわゆる二度突き(胸部を一回突き刺し、包丁を全部抜かないで突き込んだため、創傷の外部所見は一個であるのに内景でV字型に分かれていること)の事実については、申立人が自白した当時(昭和二五年七月二九日付、同年八月五日付の司法警察員に対する各供述調書)は捜査官はまだ鑑定書(同年八月二五日作成日付)を見ておらず、二度突きのことは知らなかつたのであるから、捜査官による自白の誘導はありえないとの捜査官の証言を覆すに足りる新らしい証拠はない。

(6) 第四回検面調書が検察官の偽造したものと認める証拠はない。

(7) 申立人のアリバイは認められない。

(8) 公判不提出記録を紛失した事実は認められるが、これは事務処理上の過誤としては異例ではあるが、捜査官が故意に廃棄又は隠匿したとは認めることはできない、

というのである。

(B) しかしながら、原原決定は、確定判決の事実認定には個々の点につき解明できない疑点が数々あるとしている。その要点は次のとおりである。すなわち、

(1) 捜査官の供述によると、現場に遺留されていた血痕足跡は申立人が当時はいていたとして発見された黒皮短靴とは寸法が違つていたというが、そうであるならば、捜査官は申立人が犯行時にはいていたという黒皮短靴についてなお追求し又は捜査を遂げるべきであつた。また、これを押収し、公判廷に提出して犯行現場に残された血痕足跡が犯行当時申立人がはいていたという黒皮短靴と寸法が合うか否かを明白にすべきであつたのにこれをしなかつたことは不可解である。

(2) 第四回検面調書の申立人の自白の真実性には疑問がある。同調書には、取り調べ中の申立人に国防色ズボン(証二〇号)等の証拠物を示しこれに対する供述をさせた旨の記載があるが、これは誤りではないかとの疑問がある。その点につき検察官は、当時鑑定のため鑑定人に交付し自己の手許に存在しなかつた証拠物の一部を鑑定中の岡山大学から便宜借用して警察官に持ち帰らせ、これを申立人に示したものであると主張するが、その明確な証拠はない。同ズボンに当時検察官の手許にあつた証拠物との通し番号がつけられているのも疑問である。

(3) 国防色ズボン(証二〇号)から検出された血痕はごく微量であること、国防色上衣に血痕反応が認められないことからみると、犯行時これを着用していなかつたのではないかとの疑問がある。右ズボンに微量にしか付着していないO型血液が申立人と犯行とを結びつける決定的証拠であるとすることは疑問である。

(4) 凶器の刺身包丁が申立人の自白どおり財田村の青年学校で盗まれたものかどうかの裏付けが明白でない。

(5) いいわゆる二度突きについては、捜査官はその旨の記載のある鑑定書が到達するまでは知りえなかつたというのであるが、本件の翌日解剖された結果を、取調べ主任の宮脇警部補が知らなかつたと弁解するのは不可解であり、本件担当の警察署長がその事実を同警部補に知らせなかつたというのもいいすぎであり裁判所を誤らせるものである。

(6) 被害者の腹部に巻かれてあつたという胴巻には血瘍が付着していない。犯行現場の状況からすれば、これに血瘍が付着すると推認できるのに、付着していない理由について深い検討がなされた形跡はない。犯行直後に行われた警察官の検証の結果によれば、胴巻は室内の着物にかけてあつたことが明らかであるから、犯人において被害者が腹部に巻いてあつた胴巻を外して着物かけに移動させたということには大きな疑問がある。また、申立人の自白によれば、手についた血を布様のものでぬぐつたあと胴巻をつかんだということであるが、胴巻から取り出した奪取金の札にも血がついていたものであるというのであるから、胴巻と財布に血痕がついていないということは、胴巻が被害者の腹部に巻かれてはおらず、犯人はこれらには手を触れていないのではないかとの疑問も否定できない。

(7) 申立人が自白するところによれば、申立人は警察官の監視のもとで連行途中の自動車のなかから両手錠のまま賍金の残額八千円を車外に捨てたということであるが、警察官に気づかれないように車外に投棄することができたか甚だ疑問であり、しかも申立人には当時この金員が残つていたのに、別件の農業協同組合での強盗傷人の罪を犯したことも不合理である。

(8) 申立人の自白は、本件捜査の過程、自白内容の変遷、裏付証拠の不足からしてその任意性、真実性には問題があり、これと関連して第四回検面調書の任意性、真実性にも疑問なしとしない、

というのである。

なお、原原決定は、本件の公判に提出されなかつた捜査記録の一部の紛失が、前記の疑点について真相を把握することができない結果を生じさせる一因ともなつていると述べている。

(四)  原審の判断(昭和四九年一二月五日決定)

原審は、原原審が本件につき再審開始の事由は認められないとする判断は妥当であるとして原原決定を是認した。その理由の骨子は次のとおりである。すなわち、

(A) 原審は、まず本件再審請求の理由として申立人が主張する趣旨は、確定判決に証拠として挙示されている第四回検面調書は、申立人の任意の供述に基づいたものではなく検察官が職権を濫用し勝手に作成した内容虚偽の公文書であるというのであるから刑訴法四三五条一号、七号に、同じく国防色ズボン(証二〇号)は捜査官がすりかえたものであるというのであるから同条一号に、それぞれあたると解されるところ、前者は検察官が職務に関し虚偽公文書作成の罪を犯したこと、後者は警察官が証憑偽造罪を犯したことをいうに帰着するが、いずれもその罪は公訴時効の期間が満了し犯人に対する有罪の確定判決をうることができないので同法四三七条による確定判決に代わる事実証明をして再審を請求するものであると解し、この点のみが再審理由として直接判断されるべきものであるとしている。

(B) そうして、第四回検面調書は犯罪により作成された虚偽公文書であるとはとうてい認められず、右国防色ズボン(証二〇号)を捜査官がすりかえた事実も証明されたとはいえないし、前記の手記五通偽造の点を含めその余の申立人の主張は前示の二点を判断するための間接的事実にすぎないものと考え、とくに手記五通が偽造されたものでないことについては原原審の判断に異論をさしはさむ余地はない旨判示している。

第二当裁判所の判断

本件記録を精査し、職権により原決定及び原原決定の当否を審査すると、当裁判所は、原決定には、本件再審請求の理由として、刑訴法四三五条六号に該当する事由があると解すべきであるのにこれを看過し、かつ原原審が申立人の請求を棄却しながらも、本件確定判決の事実認定における証拠判断につき、前記のような数々の疑問を提起し上級審の批判的解明を求めるという異例の措置に出ているにもかかわらず、たやすく原原決定を是認した審理不尽の違法があり、原原決定にも、審理不尽の違法があると考えるものである。

その理由は以下のとおりである。(なお、矢野弁護人は、正則の抗告趣意書を提出したほか、累次にわたり印刷物、著書等により、世間に対して申立人の無実を訴え、当裁判所にもそれらのものが送付されたが、弁護人がその担当する裁判所に係属中の事件について、自己の期待する内容の裁判を得ようとして、世論をあおるような行為に出ることは、職業倫理として慎しむべきであり、現に弁護士会がその趣旨の倫理規程を定めている国もあるくらいである。本件における矢野弁護人の前記文書の論述の中には、確実な根拠なくしていたずらに裁判に対する誤解と不信の念を世人に抱かせる虞あるものがある。もつとも論述中に裁判所の判断と部分的には合致する点もある〔なお、その論述中若干のものは、既に原原決定が指摘しているところである。〕が、論述全体を通じてみるならば、当裁判所の判断過程及び結論とはおよそかけはなれたものであることは、以下の説示と対比すれば明らかであろう。)

一(一)  まず、確定判決に証拠として挙示されている昭和二五年八月二一日付の第四回検面調書が虚偽のものであつて、検察官の同調書作成の行為は虚偽公文書作成の罪を構成するものではないかという点について判断する。問題は、第一に同調書が時間的に作成不能のものであつたのではないかという点、第二に、同調書に同日検察官が国防色ズボン(証二〇号)その他胴巻等の証拠物を申立人に示して取り調べた旨の記載があるのは虚偽の内容を記載して作成したものではないかという点にある。まず、第一の点についてみるのに、公判記録によると、同調書は三三枚四四項に及ぶものであるところ、原決定の挙示する証拠に照らすと、同調書の作成日付である八月二一日の午後一、二時頃から同日午後五、六時頃までの間に作成されたことが窺い知られる。そしてその作成の経過をみるのに、高口義輝の証言によると、検察官は、同日以前に申立人を数回取り調べた結果をメモにとつており、同日の取調べに際してこれに基づいて申立人が自供した事実を申立人の面前で口授し、立会事務官が調書を録取したものであり、同調書は何回にもわたる取調べの内容を集約して作成されたものであることが認められる。したがつて、前記のように半日位の間に同調書を作成することは不可能ではなかつた旨の原決定の判断は肯認しうるところである。

次に、第二の点についてみるのに、同調書には国防色ズボン(証二〇号)その他の証拠物を申立人に示して弁解を聴いた旨の記載があるところ、当日右の証拠物の所在関係を明確にする資料に欠けるため、当日の香川県高瀬警部補派出所における取調べの際、検察官の手許に右証拠物が存在したかどうかは必ずしも明らかではない。検察官は、勾留期間満了日(同月二三日)が切迫したので、取調べの必要上、鑑定のため岡山大学に送付してあつた国防色ズボン(証二〇号)その他革財布、胴巻等の証拠物を、使いを派して同大学から取り寄せたと主張し、この主張にそうかのような村尾順一作成、菅巡査部長作成の各報告書、宮脇警部補作成の回答書等が存在するが、その内容は単なる推測の域を出ておらず、かえつて遠藤中節作成の鑑定書の記載によると、右証拠物が八月一日に同大学へ送付されたことは確実であるが、前記高瀬警部補派出所における検察官の取調べの際取り寄せられたということについては同大学職員岡本長一の証言によつても真偽不明であり、他方、領置票謄本によると、同月二三日に右国防色ズボン(証二〇号)その他の証拠物は検察庁で受入れ命令が出され、同月二九日に岡山大学から返還されて受入れられた旨の記載もあるところである。原決定は、検察官主張のように一時取り寄せたという事実が必ずしもありえないことではない旨判示するが、それは、単なる可能性というもので、同月二一日の取調べの際の前記証拠物の所在が確実につきとめられたとすることはできず、解明しえない疑問として残らざるをえない。ただ、右のような取調べの態度が批判に値し、ひいては調書の内容についての信用性に疑念が持たれることがありうるとしても、同調書全体が虚偽公文書作成の罪の行為により作成されたものとまで極論することは正当ではなく、刑訴法四三七条にいう確定判決に代わる事実証明があつたものということができないことは原決定の判示するとおりである。(ちなみに、申立人も白紙に拇印を押した記憶はなく、検察官が申立人と話し合つたことを書いたものを見ながら、事務官に口授して書かせたものであることを認めているのであり、前記証言の作成経過とも符合しているのである〔再審記録四二五丁、四三四丁〕。

(二)  次に、手記五通は申立人が自ら作成したものではなく、警察官がこれを偽造したものでないのかどうかについて審案するのに、捜査官が手記五通を偽造したものとは認められないとした原決定の判断は一応首肯しえないではない。すなわち 該手記には申立人の署名の下や誤記の訂正に押捺されている合計四三個の指印が存在する。これらは「事実調査の結果の回答について」と題する書面中の山本脩作成の鑑定書によると、すべて申立人の右手拇指の指紋と一致し、かつ、申立人はこの指紋は自分の右手拇指のものに間違いなく、申立人が押したものであることを自認したこともあるのである。そして、申立人を当時取り調べた警察家官三名(広田巡査部長、宮脇警部補、田中警部)は、いずれも、該手記は申立人が自ら作成したものであり、申立人以外の者に申立人の字に以せて書かせて申立人に署名指印させたことはない旨、証言している。また、香川県警鑑識課技術吏員壺井正作成の「谷口繁義にかかる再審請求事件に関する筆跡についての検討結果について」と題する書面によると、手記の文字、署名は申立人の筆跡と同筆であるとしている。しかも一、二審の公判審理の過程においても、また上告審においても、手記は偽造である旨の主張がされていないのである。したがつて後述の高村鑑定書をもつてしても捜査官の偽造により作成されたものと証明されたとはいえないとする原判断の結論は その限りでは一応首肯せざるをえないのである。

(三)  更に、被害者の血液型と同型の血痕が付着する国防色ズボン(証二〇号)は、警察官が他のズボンとすりかえたものであるかどうかについて検討するのに、該事実については、確定判決に代わる事実証明があつたといえないとした原決定の判断は是認しうるところである。とくに原決定の挙示する証拠によると、申立人が犯したとして判決のされた前述の農協強盗傷人事件の証拠物として押収された国防色ズボン(領置調書の記載では「国防色上衣下衣」とあるうちの下衣)は、同事件の判決が確定した同年六月三〇日以降の日に警察官が裁判所から持ち帰つてこれを申立人に還付し、同人から同年八月一日に任意提出された宮脇警部補によつて領置(名称は国防色下服、証四六号)されたものであるが、同日香川県警鑑識課吏員が岡山大学の遠藤教授に鑑定のため交付したことは確実な事実である。したがつて、申立人が主張するように、右国防色ズボン(証二〇号)は、申立人がはいていたものではなく、申立人の弟がはいていたもので、前記農協強盗傷人事件の捜査中警察官が申立人の宅に来て弟孝から脱がせて持ち帰つたズボンであつて、すりかえられたものだとすると、その時期は八月一日ないし当日右遠藤教授に交付される以前の時点でなければならぬ筋合であるが、しかし、その頃は申立人は取調べに対して本件の強盗殺人当時はいていたズボンは、海軍の黒サージズボン、海軍用ズボン、紺色毛織ズボンであつたと供述していたのであつて、本件と国防色ズボン(証二〇号)との関連は捜査線上に浮かび出てはいなかつたのであるから、捜査官が前記農協強盗傷人事件の際に押収したものに代えて国防色ズボン(証二〇号)にすりかえることを画策するはずはなかつたものといわざるをえず、所論のように捜査官がすりかえをおこなつた事実はとうてい認められないのである。もつとも、前記宮脇警部補作成の領置調書によると、前記のような経過で八月一日に右ズボンが領置されているが、申立人の同月二日付の右宮脇に対する供述調書によると、当日、すなわち、同月二日にこれが領置されたとの記載がある。そして原決定は同調書の日付は八月一日の誤記であるというのであるが、しかし、誤記として片づけてしまつてよいかは問題である、なお、前述のように右ズボンと同じ経過をたどつた他の証拠物には、前記領置調書に「裁判所提出」と記載されているが、右ズボンについては同調書上その旨の記載がなく、単に「署保管鑑識中」とあるのみであり、また、前述のような品目の名称変更及び証拠番号の改正にともなう「改正証何号」の記載も欠落しているところ、検察事務官作成の報告書によると、それは受理手続の際書き落したというのであるが、しかし、何故前記のような扱いになつているかは合理的説明に苦しむところである。また、確定判決の公判審理における検察官の冒頭陣述中の「右犯行が被告人の所為である点については当時における被告人の着衣により立証する」という部分では、証一八号(国防色上衣)、同一九号(軍隊用袴下)、同二一号(国防色綾織軍服上衣)と述べられているだけで、証一九号と続き番号の、申立人が犯人とされている強盗殺人事件のいわば唯一というべき重要な物的証拠である、国防色ズボン(証二〇号)が右の冒頭陣述から欠落していることも、不可解である。ちなみに再審請求の第一審審理における証人としての検察官の供述によれば、その理由は判らないというのである。

ところで再審請求の第一審の審理において、申立人の弟孝は「農協強盗傷人事件で申立人が逮捕されたのち、警察官が宅に来て自分がはいていたズボンを脱がせて持ち帰つたがそれが証二〇号のズボンと同じものである」と証言している。しかし右の証言は、申立人の兄勉の再審請求事件の証人として現物を示されたうえでの供述と対比するとき、にわかに信を措くことができないのであつて、国防色ズボン(証二〇号)は、申立人が八月一日に前示のような経過で任意提出したズボンではなく弟孝から脱がせて持ち帰つたズボンとすりかえたものであるとの事実については、確定判決に代わる事実証明がされたとはいえないものとした原決定の判断は、首肯することができるのである。

二ところで確定判決の有罪認定とその対応証拠の関係につき検討を加えると、以下のような諸点を指摘することができる。

(一)  申立人の自白によると、申立人は所携の刺身庖丁で被害者を滅多突きしたのち、被害者が腹部に巻いていた鹿革財布入り白木綿胴巻の中に手を入れ現金を奪い取つたというのである。しかしながら、遠藤鑑定書によると、胴巻には血痕は付着しておらず、財布には検査をおこなえないほどの微量の人血が付着していたにとどまるという。ところが古畑種基作成の鑑定書によると、被害者が着用していたシヤツの裾部、パンツ等にも被害者の血痕は付着していたのであり、また、申立人の自白によると、申立人の手にも血が付いていたとのことであり、更に、奪い取つた札のうち三、四枚にも血が付いたというのである。もつとも、検証調書、現場写真によると、被害者が着用していた白ネルの腰巻様のもので犯人が血を拭きとつた瘍跡が残つており、それは申立人の自白するところによると、手や庖丁についた血を布様のものでぬぐつたというのであるが、もし胴巻が被害者の腹部に巻かれてあつたのが真実であるとすると、前記の状況からして胴巻に血がついていないのはきわめて不自然である。しかも検証調書によると、胴巻は在中金八九円余を残したまま犯行現場の着物かけの釣柄にかけてあつた被害者のズボンの下にかけてあつたということであり、そのことを考え合わせると、胴巻は被害者の腹部には巻かれてはいなかつたか又は犯人が胴巻に手を触れなかつたのではないか、ひいては金員は奪い取られていないのではないかの諸点について疑いを持たざるをえないのである。しかるに、原原審がこの点につき疑問を提起したのに、原審はこれを解明していない。

(二)  申立人の自白によると、当初は倒れている被害者の腹部に巻かれていた胴巻から金員を奪い取つた後胴巻をその場に投げておいたと供述していた(昭和二五年七月二六日、同月二九日付、同年八月五日付の各司法警察員に対する供述調書、同月四日付の検察官に対する供述調書)が、後になつてその場に捨てずに犯行現場の四畳間の着物にかけたというのである(第四回検面調書)。検証調書、現場写真によると、犯行現場は被害者方の細長い奥四畳間であるが、同間東南側には東枕に寝具が敷き述べられ、南側の八畳間に接する鴨居の東南隅(枕のほぼ上)には着物かけがあり、胴巻はその着物かけにかけられていた仕事着(ズボン)の下にかけてあり、東側の板の間に接する境はある襖のところの枕許付近に電灯がつるされているところ、被害者は同間西南側箪笥の前に南西に頭を向け仰向けに倒れていたものであるが、血液は左肩左胸部下方の畳上に多量に流出し約二尺平方は血の海となつているほか、寝具下布団南側、上布団の一枚、毛布等にはいずれも血痕が多量に付着し、枕許の座布団にも飛沫血痕が多量に付着しているうえ、就寝中の頭部の東側及び南側の各襖にも飛沫血痕が付着し、枕許から西側に向つて畳の上に敷かれてあつた敷紙上一面に擦過状の血痕が付着しているという状況である。しかし、検証調書、現場写真によると、右四畳間に残されていた犯人の血痕足跡は、死体の左胸部横に右足先端を西向きに一個、被害者の開かれた両足の中間に一個、更に犯人が犯行後立ち去つた東側裏口の炊事場の出入口方向に向け二個合計四個印象されているにすぎないことがきわめて明らかである。もし右の自白が真実であるとすると、細長く狭い右の部屋に前記のように多量の血液が流出、飛散し、被害者の死体の左側付近は右検証調書がいう血の海である状況からして、右の血痕足跡のほかに同間の東南側隅の着物かけ付近の畳や敷いてあつた蒲団の上にも申立人の自白する行動に符合する血痕足跡が印象されていなければならないはずである。しかも申立人は被害者の寝ていた枕許付近にあつた電球のところで胴巻の中を調べ、その結び目をほどいて鹿革財布をとり出したというのであるから、この行動にも合致する血痕足跡が残されていなければならないのに、その血痕がないことは甚だ不可解というほかない。そして申立人の自白する右の行動が前記の血の海に足を踏み込む以前にされたものであつたとしても、同部屋における前記のような血痕付着の状況からみてこれに相応するような血痕足跡が印象されるはずである。

また、いわゆる二度突きの時点が、胴巻から財布を取り出し金員を奪い胴巻を着物かけにかけた後だとしても、二度突きのときには被害者の胸部からは血が出なかつたというのであるから、二度突きの前後とは関係なく前説示のような血痕足跡が印象されるべきものであつたと思われる。しかるに全記録に徴しても、この点の吟味がされた形跡は全くない。

(三)  次に申立人の自白によると、申立人が本件発生後一月余りを経過した同年四月一日夕刻農協強盗傷人一件の嫌疑で自宅で逮捕されたのであるが、警察に連行されるにあたつて着替えをした際、背広の内ポケツトにいれてあつた強奪金の費消残金百円札約八〇枚を、オーバーの襟の内側の小さいポケツトに丸めて入れて、ホロつきの自動車で護送される途中、手錠をかけられたまま、気付かれぬように財田村中村付近でホロと車体の間から投げ棄てたというのである。しかしながら、その頃通用していた百円札八〇枚余を丸めて右のポケツトに入れることができたかについては前記の札束の容量からみて強い疑いをもたざるをえない。のみならず、その時同乗していた警護員は七、八名であつたということであり、それらの人達の目を盗んで手錠をかけられた状態で、暗夜で悪路のため車の動揺が多かつた状況であつたとしても、右の札束をポケツトから取り出して車外に投げ棄てることができたかについても疑いがもたれるのである。現に捜査官自らも右の自白に相応する申立人の行動があつたことについては半信半疑であつたというのである(再審請求の第一審審理における田中警部の証言)。しかも本件の賍金一万三千円については、記録によつても明確な費消の裏付けがされておらず、犯行の動機として申立人が自白する借金のあつたこと及びそのきびしい督促をうけていた事実も証拠によつて十分に明らかにされていない。そのため奪取金員のいくらかは費消されないまま申立人が保有していたと供述せざるをえなかつたのではないかと疑われるのである。のみならず、真に申立人が右の八千円を保有していたならば、農協強盗傷人事件を犯す動機も薄弱とならざるをえない。しかるに、全記録に徴しても、これらの点について究明された形跡がない。

以上の疑点がすべて解明されない限り、被害者の胴巻から一万三千円を奪取したとして強盗殺人の罪に問われている申立人の自白の信用性について疑いを抱かざるをえない。

(四)  本件において留意すべきその他の諸点

(A) 全記録によると、申立人が犯行当時にはいていたと自白した黒皮短靴は、警察に領置されたのであるが、その押収関係が明らかでなく、何故それが検察庁へ送付されず、公判廷に証拠物として提出されなかつたかも不明である。申立人の自白によれば、前示農協強盗傷人事件の際にも使用した黒皮短靴を本件でもはいていたというのである。ところで、控訴審の公判手続における宮脇警部補の証言によれば、靴は三、四回家宅捜査をしたが発見できなかつたとのことであり、他方、申立人は、右農協強盗傷人事件のときは裁判所で靴を見せられた、ほかに靴は持つていない旨述べているので、申立人は本件犯行時にもその靴をはいていたとみることも、あながち理由のないことではないのである。この靴は、農協強盗傷人事件の発生後申立人の父と兄が田の藁ぐろの下付近に埋めて隠匿していたものであつたところ、その後家人の供述によりそのことが判明して警察官に押収され、鑑識課に回付されたが、靴の底からは血液は検出されず、寸法は血痕足跡に合うと推定されたのであるが、右の靴に関する関係捜査官の当時の判断は一致するところがなく、右の隠匿のため靴の形がくずれ腐蝕膨脹していたために鑑定不能であつたと供述する者もあれば、一方靴と現場の血痕足跡とほぼ符合したが公判が順調に進行していたので証拠物として提出せず警察で保管していたが腐蝕していて、証拠にならないと思い検察庁に送付しなかつたと供述する者もおり、また、靴と血痕足跡とは若干寸法を異にしていたので申立人の自白は虚偽であり証拠にはしなかつたと供述する者もいたのである。しかし、現場に遺留された明確な血痕足跡と右の靴とが一致すれば、自白の信用性を高めるのみならず、有力な有罪の決め手の一つにもなりえたものであつたのであるから、いかに腐蝕していたとはいえ、証拠物として提出するのが当然ではなかつたかと思われる。前記のように、鑑識課員の推定では寸法が血痕足跡と一致するというのであるから、なおさらのことである。また、もし両者が不一致ならば、さらに申立人を取り調べる際その点を確かめて然るべきであつたあろうと思われる。なお、申立人の自白によると、靴の前が半皮張りで鋲が打つてあつたということであり、村尾順一作成の鑑定書及び事実調査結果についてと題する書面によれば鋲のことは記憶があいまいであるが、靴の前部に半皮張りがあつたように記憶するというのであるから、黒皮短靴について慎重な取扱いをすべきであつたと考えられる。

(B) 次に、検証調書によると、被害者方軒下に氏名の書いてあるリユツサツクが遺留されており、捜査官はこの者を取調べたというが、記録上は調書も存在しておらず、どの程度の取り調べがおこなわれたか明らかでない。

(C) 検証調書によると、被害者方母屋西南隅前に残されたズツク靴の足跡があることが記載されているが、捜査官はこれを犯人の足跡と判断した形跡があり、また信用性が薄いとして採用されなかつたもののようであるが、犯行現場に残された血痕足跡はズツク製の靴であるとの意見が提出されたこともあるのであるから、前記黒皮短靴とともに念のためこの点をも解明すべきであつたと思われるが、それがされていない。

(D) 国防色ズボン(証二〇号)は本件において犯行と申立人とを結びつける最も重要な唯一の証拠であるのに、その押収手続がずさんであつたため前述のような紛議の種となつたのである。証拠物は反対尋問にさらされることもなく、その物自体が犯罪事実の一部を表現するものであるから、前記の靴と同様に、事件との関連性を明確ならしめるよう押収手続にも慎重な配慮がされなければならないのである。

(E) 本件において、いわゆる二度突きの自白は、申立人の犯行を認定するにつき重大な意義を持つものである。すなわち、被害者の胸部の刺切創は外部所見では一個しかないのに、内景においては深さ五センチと八センチの二個の刺創が存在する。それは、凶器とされている刺身庖丁を一度突き刺したうえ、刃を全部抜かないまま、同じ箇所を更に一度突いたことによつて生じたもののようである。このことは八月二七日に捜査官に交付された上野博作成の鑑定者によつて明確にされたものであるところ、申立人がそのことを警察官に自白したのは、右鑑定書が捜査官に到着する以前の七月二九日及び八月二日、同月五日の取調べの時期であつたのである(各同日付宮脇調書)。右のような真犯人ならでは知りえない秘密性をもつ事実を右鑑定書到着前に自白したのであれば、その供述は信用性の高いものとして、たとえ凶器が発見されなくても申立人の有罪を認める有力な証拠として評価されて然るべきである。そこでこの点につき検討を加えるのに、宮脇警部補の証言によれば、三谷警部補が当初主として捜査にあたつていたが、同人は色々なことを秘密にして自分に話してくれなかつた、自分は口が軽い方だから大事なことを洩らしてくれなかつた、とのことであり、また署長藤野警視の証言によれば、被害者の心臓を二度突きさしていることは死体解剖に立ち会つていたので知つていた、宮脇警部補は立ち会つていない、同人には先入感を与えるので話していない、というのである。ところで、死体解剖がおこなわれたのは逸早く犯行の翌日である三月一日であるが、それには、藤野、三谷、松村の三名の警察官が立ち会つており、鑑識課技術吏員村尾順一が鑑定人の口授するのを傍で筆記していたことが認められる。したがつて右の解剖の際に、二度突きの自白を調書に録取した宮脇警部補が立ち会つていなかつたことは事実であるが、一方、同人とともに申立人の取調べに従事していた広田巡査部長の証言によると、鑑定した医師が庖丁による刺創が内景でⅤ字型になつているのは納得できないと申したことを外の者から聞いて、それだつたら、二度突いたのでそうなつたのだろうと私等は思つた、というのである。右の事情からすると、捜査係官らのうち重要な役割をになつていた宮脇警部補ひとりが二度突きのことを知らなかつたということは甚だ訝しいことと言わざるをえず、二度突きの事実が犯人しか知りえない秘密性をもつ事実であつたことをたやすく肯定することはできないのである。そして、本件にあつては、他に自白の真実性の吟味に堪えうる秘密性をもつ具体的な事実についての申立人の供述は存しない。

以上が確定判決の有罪認定及びその証拠関係とくに自白の内容である事実についての不審をいだかせる諸点であつて、これらはいずれも解明されないままに有罪判決が確定したのである。また、奪取した金員の費消関係、八千円投棄の事実、黒皮短靴の点等の自白の内容について解明し尽せないものがあつたことを捜査官が自認していたことは注目に値する。

三ところで、本件再審請求事件における新証拠とみられるものは、原原審が職権により鑑定人を命じ取り調べた鑑定人高村巌作成の鑑定書があるのみである。それによると、手記の筆跡と申立人の対照筆跡とは、運筆書法と文字形状に相違するものがあるので、同一人の筆跡と認めることは困難である、としながらも、申立人が自己の署名であることを否認する鑑定資料(21)(24)(25)(26)の申立人作成の各略図面中の筆跡は、手記の筆跡と同一人のものと認められるというのである。

ところが、原決定は、前記のように、手記がはたして偽造されたものであるかどうかは、刑訴法四三五条一号七号所定の再審事由の有無を判断するについての間接事実にすぎないとの見地から、新証拠は、右一号・七号所定の再審事由の存在を証明するに足りる確定判決に代わる資料となりうるかの観点から考察し、結局、右新証拠によつては確定判決に代わる証明があつたとすることはできないとの判断を示している。もし右の観点からするならば、原原審で取り調べられてある前記壺井正作成の「筆跡についての検討結果についてと題する書面」によると、手記五通を含め全資料には、故意に他人の筆跡を模した偽筆、あるいは作意的に自己の個癖を隠蔽しようとする作意筆の特徴は全くみあたらず、手記の署名は、弁護人選任届、保釈願、意見書、弁解録取書、略図面、上告申立書の各署名と符合するということであり、それは高村鑑定と相対立するものであるが、右壺井意見は、正式の鑑定手続によつたものではないのであるから 少なくとも更に再鑑定の手段をとり、同法四三七条の確定判決に代わる証明が得られるか否かを検討すべきであつたと考える。のみならず、本件再審請求の理由は、その形式も不備であり、その内容また必ずしも明確とはいえないが、その趣旨を汲みとるならば同法四三五条六号所定の事由の主張もなされているものと解するのが相当である。

ところで、同号にいう「無罪を言い渡すべき明らかな証拠」とは、確定判決における事実認定につき合理的な疑いをいだかせ、その認定を覆すに足りる蓋然性のある証拠をいうものと解すべきであり、右の明らかな証拠であるかどうかは、もし当の証拠が確定判決を下した裁判所の審理中に提出されていたとするならば、はたしてその確定判決においてされたような事実認定に到達したであろうかどうかという観点から、当の証拠と他の全証拠とを総合的に評価して判断すべきであり、この判断に際しても、再審開始のためには確定判決における事実認定につき合理的疑いを生ぜしめれば足りるという意味において「疑わしいときは被告人の利益に」という刑事裁判における鉄則が適用されるものである(当裁判所昭和五〇年五月二〇日第一小法廷決定・刑集二九巻五号一七七頁)。そして、この原則を具体的に適用するにあたつては、確定判決が認定した犯罪事実の不存在が確実であるとの心証を得ることを必要とするものではなく、確定判決における事実認定の正当性についての疑いが合理的な理由に基づくものであることを必要とし、かつ、これをもつて足りると解すべきであるから、犯罪の証明が十分でないことが明らかになつた場合にも右の原則があてはまるのである。そのことは 単なる思考上の推理による可能性にとどまることをもつて足れりとするものでもなく、また、再審請求をうけた裁判所が、特段の事情もないのに、みだりに判決裁判所の心証形成に介入することを是とするものでないことは勿論である。

四以上の見地に立つて本件の原決定及び原原決定の当否を検討した結果は、次のとおりである。

まず、本件有罪判決の証拠としては、第四回検面調書に録取されている申立人の捜査段階における自白と証拠物として国防色ズボン(証拠二〇号)の存在が重い比重を占めている。そして申立人の手記五通は、右の自白の任意性、信用性を担保する意味あいをもつものである。ところが、右自白の内容には数々の疑点があることは、さきに指摘したとおりである。ことに当裁判所が指摘したように、犯行現場に残された血痕足跡が自白の内容と合致しないこと、その他の前記指摘の疑点を合わせ考えるときは、被害者の血液型と同じ血液型の血痕の付着した右国防色ズボン(証二〇号)を重視するとしても、確定判決が挙示する証拠だけでは申立人を強盗殺人罪の犯人と断定することは早計に失するといわざるをえないのである。もつとも、申立人にとつて不利と思われる証拠もないわけではない。例えば、申立人が嫌疑をうけて逮捕される前後の言動、すなわち、前記農協強盗傷人事件の共犯者である石井方明が逮捕され右犯行を自白すれば自己の本件犯罪が発覚するおそれがあるとの配慮から同人に固く口止めしたこと(石井方明の公判証言、同人の司法警察員に対する供述調書)、日頃遊び仲間の友人に対し、犯罪を犯した翌日仕事を休むと怪しまれるから正常どおり仕事に出るがよい、奪つた金員を一度に費消すると嫌疑をうけるから少しずつ使うようにし、また他から借金するがよいなどと話していたこと(石井方明の公判証言、同人の司法警察員に対する供述調書)、拘禁中恰も自己が本件犯罪の犯人である旨を自認した言辞を吐いたり、自白の中に虚偽のことを交ぜてあるから大丈夫だなどと申したりしたこと(黒沢忠一、大西好一、真光利行、橘勇の各公判証言)、国防色ズボン(証二〇号)に付着したO型血痕は鉄道自殺した岩川という者の血が付着したものと主張したこともあるが、岩川の血液型はO型ではないことが判明したこと、前記農協強盗傷人の犯行の際の被害者近藤の血液型はO型であるが、その犯行の状況は被害者の血痕が当時申立人が着用していたという国防色ズボン(証二〇号)に付着する状況ではなかつたこと(近藤肇の検察事務官に対する供述調書謄本)、申立人が主張する犯行当夜のアリバイが認められないこと等である。さらに、申立人が、前記のように、第一次再審請求を棄却された際 裁判所から棄却決定と同時に即時抗告申立の期間を延長して七日間とし、棄却決定に対して不服申立をすることができる旨の詳細な書面の送付を受けたにもかかわらず、即時抗告の申立をしなかつたことも不可解といわざるをえない。しかもこれらの被告人にとつて不利とみられる事実を積み重ねても、第四回検面調書の自白の内容の疑点が解消されるものではないのである。

右のように、申立人の自白の内容に前記のようないくつかの重大な、しかも、たやすく強盗殺人の事実を認定するにつき妨げとなるような疑点があるとすれば、新証拠である高村鑑定を既存の全証拠と総合的に評価するときは、確定判決の証拠判断の当否に影響を及ぼすことは明らかであり、したがつて原審及び原原審が少くとも高村鑑定の証明力の正確性につき、あるいは手記の筆跡の同一性について、更にその道の専門家の鑑定を求めるとか、又は鑑定の条件を変えて再鑑定を高村鑑定人に求めるとかして審理を尽すならば、再審請求の事由の存在を認めることとなり、確定判決の事実認定を動揺させる蓋然性もありえたものと思われる。そうだとすると、原決定は、申立人の請求が、刑訴法四三五条六号所定の事由をも主張するものであることに想いをいたさず、かつ、原原審が申立人の請求を棄却しながらも、本件確定判決の事実認定における証拠判断につき、前記のような数々の疑問を提起し上級審の批判的解明を求めるという異例の措置に出ているにもかかわらず、たやすく原原決定を是認したことは審理不尽の違法があるというほかなく、それが原決定に影響を及ぼすことは明らかであり、かつ、原決定及び原原決定を取り消さなければ著しく正義に反するものと認める。

よつて、刑訴法四一一条一号、四三四条、四二六条二項により、原決定及び原原決定を取り消し、本件を高松地方裁判所に差し戻すのを相当と認める。なお、差戻しをうけた原原審が、手記の筆跡について更に鑑定の手続をとるか、第四回検面調書における申立人の自白について当裁判所が指摘した不合理、疑点が解明されないとして、鑑定の手続をとるまでもなく自白内容を検討し、能う限りの限度で事実調べをすることで結論を下すかは、その裁量に属するものである。

よつて、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり決定する。

(岸盛一 下田武三 岸上康夫 団藤重光)

上告趣意<省略>

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